しかしそこで簡単に獲信できたかというと、そんなうまい話ではありませんでした。
分かりたいのに分からない
浄土真宗の教えを聞くようになった私には、分からないことがありました。
というのは、浄土真宗の教えはとてもシンプルで簡単に理解できたのです。にもかかわらず、ノドから手が出るほど欲しかった獲信にはたどりつけなかったのです。
ここで浄土真宗の教えを簡単にいうと、以下のようになります。
仏教では「仏になる(悟る)」ということが最高のゴールである。なぜなら仏というのは、全く苦しみのない理想の境地だから。
しかし仏になるには、普通の人間には不可能なほど厳しい修行をしないといけない。それでは修行ができない一般人は、いつまでたっても苦しみの世界から抜け出ることができない。
ところが昔、法蔵(ほうぞう)という修行者がいた。その修行者はとても慈悲深く、迷い苦しみ続けている者たちを仏にしてみせる、と誓った。
とても長い間、厳しい修行をして善を積み続けた修行者は、その善の功徳を「南無阿弥陀仏」に詰め込んだ。迷い苦しむ者を救う「南無阿弥陀仏」を完成させたわけである。修行者は阿弥陀仏という仏になった。
そして今、私が南無阿弥陀仏ととなえること(いわゆる念仏)は、阿弥陀仏からのプレゼントである。
南無阿弥陀仏ととなえる者は、死ぬと同時に、極楽浄土と呼ばれる素晴らしい世界へ生まれ、仏にならせてもらえる。
と、こういう教えです。
まるでおとぎ話のような教えですが、そこには重要な何かがあるはずだ、と私は考えました。獲信した妙好人たちが皆この教えを聞いていたからです。
私は複数の浄土真宗の集まりに参加して、獲信していそうな人に話を聞いてまわりました。
彼らが言うには、獲信すると(他力信心を得ると)このおとぎ話のような教えが真実として聞える、とのことでした。
それを聞いた私は妙好人のことが1つ理解できました。人間は常に死と隣りあわせで生きていますが、「いつ死んでも極楽浄土に生まれて仏になれる」のならば、それはとても大きな安心が得られるでしょう。
妙好人たちは死の問題を超越した言葉を残していますが、そこには獲信というものが大きく関わっているようでした。
ところで獲信のことを「疑蓋(ぎがい)が外れる」とも表現されます。これはどういうことかというと、阿弥陀仏の誓いに対する疑いの蓋(ふた)が取られる、ということです。
図のように、最初は疑いの蓋が邪魔をして、阿弥陀仏の誓いをそのまま聞くことができない(図の左側が当時の私)。
そして獲信するということは、この疑いの蓋が外れて、阿弥陀仏の誓いを疑い無く聞けるようになるということです(図の右側)。
妙好人たちは獲信していた、つまり疑蓋が外されていた、ということになります。
そこで私も「疑蓋が外されるように、一生懸命、法話を聞こう」と考えました。法話を聞いていると、何度も念仏(南無阿弥陀仏)の素晴らしさが説かれるので、他人に迷惑をかけない範囲で小声で「南無阿弥陀仏」ととなえるようにもしました。
しかしながら、いくら教えを注意深く理解しようとしても、私にはさっぱり分かりませんでした。
おとぎ話にしか聞こえないものは、おとぎ話にしか聞えないのです。結局いつまでたっても獲信できませんでした。
あきらめる
私は死の問題を解決したかったので、とにかく早く獲信したいと思っていました。なぜならたとえ若くても、交通事故や急病や天災などで、いつ死ぬか分からないからです。
しかし浄土真宗の教えを知ってから7年がたっても、私は獲信できずに悩んでいました。いつ死ぬか分からないのに、いつまでたっても獲信できない。疑蓋が外れないのです。
真剣に法話を聞けばいいのではないか、とか、命懸けで仏教書を読めばいいのではないか、とか、色々と試してみました。
ですが何をやっても妙好人のような境地にはなれません。むしろ、努力すればするほど、浄土真宗の教えを全く信じていない自分を思い知らされました。
阿弥陀仏が存在するとは思えないし、極楽浄土があるとも思えない。
もっといえば、仏教の基本すら信じていない。仏教では人間の命はいつ無くなるか分からない(諸行無常)、そして殺生などの悪い事をすれば苦しい結果が返ってくる(罪悪・因果)、と教えます。
そのような基本中の基本すら、私の心は無視していたのです。だからいくら法話を聞いたとしても、心の底では明日も生きておれると思っているし、肉や魚料理を食べておいしいと思う。
つまり、はなから仏教の基本(無常・罪悪・因果の道理)を無視しているわけです。
しかしそこで、ふと疑問が出てきました。なぜ仏教の基本すら無視している私が、浄土真宗の教えを聞きにきているのだろうか?
私の本性としては、死後に苦しい世界が待っているなんて思っていない。自分が死ぬとも思わないし、魚の活き造りを食べても「今度は自分が同じ苦しみを受けることになる」なんて思っていない(だから美味しく食べることが出来る)。
浄土真宗の教えを何度も聞いて分かったことは、自分が浄土真宗の教えを聞くような奴ではない、ということでした。
これは一体何なのか? 何がどうなっているのか?
よく分からない状況になっていたのですが、それでも法話に参加してしまう自分がいました。
何も分からないし、仏教は嫌いになるし、念仏(南無阿弥陀仏ととなえること)も嫌いだし・・・。私は何をしているのか? それすらも分からない状態でした。
そして20代半ばになったある年。私は獲信をあきらめました。
死を恐れ始めた子供時代から約20年間、死の問題を解決しようと努力してきました。そうやって最後に分かったことは、私には死の問題を解決できない、ということでした。
自分には獲信は無理だったんだな・・・、と、あまりに悲しくて涙がにじみました。
「そうか、死ぬまで怯えて生きるしかなかったんだな。これまでやってきたことは全て無駄だったんだ」と思いました。
しかし、なぜか体は法話を聞きにいってしまいます。
肌寒くなってきた10月。ある法話会に出かけた私は、ぼんやりと僧侶の法話を聞いていました。法話の最中に、私の中に<阿弥陀仏の本願はおとぎ話としか思えない>という思いが出て来ました。これまで何百回と浮かんだ思いでした。
そんな自分の思いに気付いた私は「ああ、こいつ(自分)は本当に浄土真宗の教えが分からない奴だな」と、客観的に自分を見ていました。
(こいつは法話を何年聞いても分からない。そもそも最初から何も聞いていないのと同じだった・・・)
私はそのような自分を、まるで他人事のように観察していました。私の口はいつものように、小さく「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえていました。
獲信
そして私は、浄土真宗の教えを真実として聞けるようになっていました。
分かりやすくいえば、前述した浄土真宗の教え「お前は仏になる」ということを、疑い無く聞けるようになっていたのです。
浄土真宗の書物で調べると、これを「獲信」「他力信心を得る」「疑蓋(ぎがい)を外される」と表現するとあります。教えに沿っていえば、阿弥陀仏の誓いに対する疑いが無くなったわけです。
図で説明しましょう。
上の図のように、疑いの蓋が外されたため、阿弥陀仏の誓いを疑い無く聞けるようになったわけです。
それによって私は、浄土真宗の聖典(書物)の中で納得できなかった部分が、水が染み込むように自分のこととして受け取れるようになったのです。
そして不思議に思いました。
「なんだ、全部書いてあるじゃないか。おれは今まで何を聞いていたんだろう?」
しかしこれは当然のことです。上の図で説明したように、疑いの蓋がある間は光は入ってこない。いくら法話を聞いても聖教を読んでも、何も受け取れなかったのです。
なぜ他力信心を得ることができたのか?
浄土真宗の教えが受け入れられず、仏教の基礎(無常・罪悪・因果)も無視している自分です。仏教徒としての素質はゼロでしょう。
なのになぜ、他力信心を得ることができたのか?
それは他力だからです。他力というのは阿弥陀仏の力のことです。私の力は全く関係なく、阿弥陀仏の方から働きかけ、阿弥陀仏の一人働きで、私の疑いの蓋が取り去られたわけです。
私の努力によって獲信したわけではありません。阿弥陀仏の働きかけだったのです。
この不思議な救いには、私側の力が全く必要ないため、どれほど劣った人でも救われると説かれます。宗教的な才能は関係ありません。たとえ悪人であっても他力信心を得ることがある、ということです。
死後に対する不安が解決された
阿弥陀仏の願いは、死後に対する不安を解決するに余りあるものでした。なにせ死ぬと同時に仏にならせてもらえるのです。
自分のようなものにそんな素晴らしいことが待っているとは。人間は常に死と隣り合わせですが、獲信した人は極楽浄土と隣り合わせになるのです。
しかも仏教の基本すら無視しているような自分が・・・。いつか必ず来る死に怯えていた私の人生は、大きな感謝と懺悔に満ちたものとなりました。
ただし誤解してほしくないのですが、子供の頃から死の解決を求めていたと話すと「すごく人生を真面目に考えていたんですね。だから獲信できたんでしょうね」と言われることがあります。
たしかに他人から見れば、人生に対して真面目に取り組んでいたように見えるかもしれません。
しかし努力した結果として獲信できるわけではありません。他力信心は人間の努力や工夫によって得られるものではないのです。
その理由を次ページで説明します。